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わくぺめも

見届ける映画。『この世界の片隅に』

ものすごい作品に出逢った、と思った。

この作品を劇場でリアルタイムに観たことを、自分はきっと一生のうちのいちばん大切な出来事として抱き続ける。誇張なしにそう感じた。そういう映画だった。

以下、前半はストーリー上のネタバレなしで、後半はネタバレありで書いています。後半に入る前にそれとわかるよう区切ってあります。


「昭和20年、広島」。この2つのワードだけで、ああ、と何かしらの想いが湧く人は多いと思う。自分もその一人だ。鹿児島で生まれて宮崎で長く過ごし、今は福岡に住んでいる自分。広島に深い縁があるわけではない。けれど、太平洋戦争を扱った作品に触れるときは、やはり緊張する。現実に向き合わなければ、過去を学ばなければ、というような気持ちになって、背中に力が入り、

なんて前置きは、『この世界の片隅に』には要らないのだった。

この作品はどこまでも柔らかくて優しかった。厳しくてつらい現実が見えるのに、おだやかであたたかい。あの時代、あのとき、広島で、主人公「すずさん」が感じていたそよ風を、映画館の椅子に座るわたしは確かに感じた。そうだ、あのときだって風は吹いていたんだ。と、文字どおりに、目が覚めた気がした。こんな簡単な事実に、わたしはなぜ今まで思いが至っていなかったのか。戦時中だろうが食べ物が不足していようが見知ったひとが亡くなろうが、風は吹くのだ。

目の前の現実がいくらきびしいものだろうと、世界がその「きびしさ」を汲んで雨を弱めてくれるわけはない。雨は神さまが流す涙ではなく自然現象なのだから、ただただ淡々と降り注ぐ、家を失った人の上にも、呼吸をやめた身体の上にも、平等に降り注ぐ。けれど同時に太陽も、ただただ淡々と世界を暖めるのだ。どれだけつらい日にも、太陽が出ればあたたかいし、心地よい風だってきっと吹くんだ。きっと、吹いていたはずだ。

教科書や資料館で見る戦時中の写真は、わたしにとって、一瞬を切り取ったものだった。一瞬の表情、一瞬の風景。言うなれば、時間の流れの「点」をとじこめたもの。この映画は、点と点が連なった「糸」であり、その糸と糸が意志を持って、時には意志にかかわらず絡み合って触れて離れて、そして重なりあうことで出来上がってゆく、しなやかな織地のような作品だった。あたたかそうで、思わず手にとってみたくなる、顔をうずめたらおひさまのにおいがしそうな気がする、そういう織地。一人ひとりが生きてかかわりあって脈々と作られていくもの。上映時間ぶんの長さで「ばつん」と断った布とは違う。幕が上がる前から続いていたし、幕が下りたあとも当然のように続いていく。

すずさんたちが生きるのを見届け、生きていくのを見送る、そんな2時間だった。


この映画には、満場一致で「ここだ」と指されるクライマックスのシーンや、決め台詞があるわけではない。派手なCGが使われているわけでもない。絵柄も色遣いもやさしくて素朴、悪く言えば、地味。

だからこそ、しみ込むように心に入ってくる。それはまるで、乾いた植木鉢の土に水をそそいだときのような、そんなすみやかさだ。そうしてしみ込んだものが自分の価値観や体験、想い出と混ざって心に満ちて、いっぱいになってあふれる感じがする。だから、そのあふれる何かをどうにか両手で受け止めて、一体なんなのか確かめずにはいられなくて、今この文章を書いている。

わかりやすいクライマックスや決め台詞がないからこそ、観た人が「あそこ、良かったよね」と挙げるシーンは本当にバラバラで、それを聴いているだけでいかに密度の高い作品だったかが分かる。やわらかなタッチでありながら同時に恐ろしいほどの切実さで、多くのものを緻密に描いていて、そのそれぞれが、それぞれの人に、千差万別の刺さり方をする。どうしようもなく、誰かと感想を交わしたくなる作品だと思う。

鑑賞後、わたしは「この映画は、戦争映画ではない」とはっきり感じたし、何日もかけて頭のなかでそれぞれの場面を反芻するたび、その思いは強くなっていた。すずさんが生きていたのがたまたま戦時中だっただけだ、と。そうしたら、先日テレビで放送されたこの映画の特集で、監督が「これは戦争映画ではなく、『暮らしの映画』だ」と言っていて、すごく納得した。すずさんが生きるその暮らしを丁寧に追った映画。

以下、ストーリー上のネタバレを含みます。


映画の冒頭、スクリーンに映るのは、戦火がせまるずっと前の広島の街。キャラメルが売られていて、丸っこい喧騒があふれていて、小さな家々がぎゅっとかたまるように並んでいる。何故か、それを見ただけで涙が止まらなくなった。通りにたち込める空気の温度や人の体温を感じて、ほっとして、緊張の糸が途切れたように力が抜けた。

たぶん自分は、「あの時代の広島」というだけで、観る前からいくぶん身構えていた。この記事のはじめで書いたみたいに、首筋から肩、背中にかけて、変な力が入っていたのだった。それが、あまりにゆったりした幕開けだったものだから、「ああ、こういう感じなんだ、力抜いて観ていいんだ」と、安心したのを覚えている。木目や土が多くて、茶色っぽい色合いの画面。セピア色と形容したくなるような色あせた雰囲気ではない。煮物みたいに、ふっくらしていてほかほかとあったかい画面だ。

すずさんは、ぼんやりしていて、のんびりしていて、子どもっぽい。嫁ぐことになったときも、他人事のようにさえ見えた。義理の姉である径子さんにちくちくと言葉で刺されても「ぽやん」としていて、ビビりなわたしは「こういう返し、してみたいわ」とうらやましくなるほど。「すずさん、怒ることとかあるのかな」というのが、なんとなくの第一印象だった。けれどわたしのそんな印象は、薄っぺらなものでしかなかったと思い知らされる。すずさんは、心のなかに強くてしぶとい「怒り」を持っていて、それを抑えながら日々を暮らしていたのだ。

空襲によって負傷したすずさんが、「治りが早くてよかった」「生きていてよかった」という周りの言葉を頭のなかに思い返しながらつぶやく言葉がある。
「何がよかったんだろう」
治りが早いなんて言われてもそんなん知らん、それなら一日で傷が治ればたとえ腕がもがれても脚がなくなっても「よかった」ことになるのか? ついさっきまで言葉を交わしていた人が死んでいく、大切な人を失った人々がそこかしこで泣き叫んで崩れ落ちている、息子を死地へ送り出す奥さんへは「おめでとうございます」なんて声をかけなければいけない、そんな状況で、「生きていてよかった」? なんで? なにが? 馬鹿を言うな。ふざけるな。

あまりにも空虚に響くたくさんの「よかった」を受け続けたすずさんの怒りが静かに流れ出たもの、それが、「何がよかったんだろう」という独り言だったんだと思う。すずさんは、ぼんやりしていて、のんびりしていて、子どもっぽいけれど、それらの性質はどれも「鈍感」とは違う。少しずつ少しずつ日々の緊張の糸が張り詰めていること、気の持ちようだけではもうどうにもならないほど「戦争」が迫ってきていること、むしろすずさんはくっきりと鋭敏に感じとっていて、だからこそ自分ができる最優先で最重要の「戦い」として、「生きる」ことに取り組んでいたんだろう。たぶん。生きることを望んでたとか死ぬのが嫌だったとかそういうことじゃなくて、生きることは戦う手段だったんだ。ボールを返さなければバレーボールでは勝つことができないのと同じで、「生きる」ことを続けなければこの戦いには勝てないのだ、だから生きていたのだ。その戦いの手段を「よかったねえ」なんて間の抜けた言葉で修飾されて、すずさんは憤っているように見えた。そういうことじゃないだろう、と。

物語の後半、すずさんの暮らす町に焼夷弾が降ってきたときのことだ。屋根を突き破って飛び込んできた焼夷弾が、書斎の床を燃やし始める。お義母さんが「早く防空壕へ」と叫ぶ。すずさんは動かない、動かないままゆっくりと振り返って、ごうごうと床を焼く炎を見つめる。口をとがらせて、目の端に盛りあがる涙の粒を力ずくで押さえつけるみたいに。悲しみからも恐怖からも程遠いその表情を見たとき、息が止まった。ああ、やっぱりすずさんはずっと、怒っていたんだ。

怒りの対象はたぶん「戦争」という大きな動きそのもので、米国がどうとか軍部がどうとか、そういうことでは多分ない。配給も少しずつ途絶えて、家族も、近所の人も、一人またひとりと欠けていく。立て続けの空襲警報で睡眠もろくにとれない。好きな絵も思うように描かせてもらえない。すずさんたちはずっと、いかなるときも我慢を強いられている。我慢せざるをえないからそうしているけれど、納得なんかしていない。我慢して踏ん張っていれば勝てるっていうから、勝つために必要なことだっていうから、くすぶる気持ちをおさえて、「我慢して」「生きる」という戦いを続けている。「戦争」そのものとの戦い。

その、目にみえない大きな概念ともいえる「戦争」が、焼夷弾という形をとって目の前に飛び込んできたのだ。涙をこらえて焼夷弾をにらみつけるすずさんの目が「お前だ」と言っているように、わたしには見えた。お前だ、お前のせいであの人が死んだ、あの人も死んだ。どの面を下げてここに来た、お前のせいだ、戦争さえなければ、お前さえいなければ。直後のすずさんの行動は、とつぜん何かが爆発したかのようで、お義母さんたちもびっくりしていたけれど、何が爆発したかってそれは「怒り」にほかならない。

考えてみればすずさんは、意外にもというべきか、ずっと怒っている。たとえば、妻である自分を、同級生とはいえ「他の男」と二人きりにさせた周作さんに。そうして二人きりにされ、すずさんに触れてくる水原哲に。あのくだりがどういう意味なのか、一度観ただけではよくわからなかったんだけど、もういちど観てなんとなく理解した。すずさんは、周作さんと哲、それぞれの「大人の割り切り」みたいなものに憤慨していたんじゃないだろうか。

周作さんは、妻が他の男と二人きりになることを割り切る。彼が、自分の知らないすずさんを知っているから。すずさんが、自分には見せない顔を彼に見せているから。哲は哲で、すずさんが既に他の男の妻であると知ったうえで、彼女に触れる。結婚はしているけど、夫自身が納屋にすずさんをよこしたわけだから。結婚はしているけど、すずさんが心から望んだものではないかもしれないから。

そういう、「大人の対応」「大人の割り切り」っぽいものに、すずさんは強い嫌悪感や反発をしめして、怒る。なんでそういうことをするの、と。すずさんがまだ精神的に子どもだというのもそのとおりなんだけど、「大人」になりきれなくて周りの言動になかなか納得できない自分への苛立ちみたいな感情が見えて、苦しくなった。状況はまったく違えど、わたしにも覚えがあるからだ。年上の人から「まあまあ、今回はいい勉強になったと思って……」みたいなことを言われて、「ふざけんな、こんなこと学ばんでいいです、こんな勉強ならしたくなかった」と、頭のなかが真っ赤に熱を帯びた覚えが。

すずさんは、周作さんと哲との一件では、きわめてパーソナルな怒りをみせていた。それが、後半では「戦争」という大きな存在に対象を移している。ずっと変わらないようで、すずさんは成長しているんだなと思った。大人になっている。すずさんが望む成長かどうかは、わからないけど。そう、すずさんは色々なものに振り回されながらも、ちゃんとそれらを取り込んで自分の糧にしているのだった。

幼い晴美さんよりも軍艦に疎い自分、まさに今住んでいる嫁ぎ先の住所も分からない自分、親しみをこめて呼ばれる義理の兄が誰のことなのか北條家でひとりだけ分からない自分。どうしようもなく「外」の人間だと自覚させられる日々。でも、径子さんがすずさんに「さぞつまらん人生やったろうね」と言ったとき、それは違う、とわたしは思った。このときはもう、径子さんの声に刺々しさはなくて、嫌味ではなく本当にあわれむ気持ちからの言葉だったんだとわかる。それでも、「さぞつまらん人生やったろうね」には同意できない。

流されっぱなしでも、翻弄され続けていても、どこかに必ずすずさんが選びとったものがある。すずさんが生きてきた証があるはず。それは、「絵を描く」という行動でもあるし、どうしようもなさそうな一つひとつに、真っ直ぐ、思ったままに「怒る」という行動でもある。大きな流れに飲み込まれようと失われないものが誰にもあって、それがそれぞれの人生の軸になる、ということなんだと思った。

すずさんが怒りをあらわにするとき、わたしは何故かぼろぼろと泣けて嗚咽まで漏れて、ものすごく困った。困りながら、なんでこんなに泣けるんだろう、と考えていた。

そういえば自分は、いつでも笑顔で前向きでいようと考えるあまりに、「怒」の感情をおぼえることすらタブーにしていた気がする。いけないいけない、怒ってたって仕方ないよね。ポジティブポジティブ。忘れよう。――そうやって、何にたいして怒っていたのかさえもさっさと忘れて、自分が何を許せない人間で、絶対に譲れない砦が何なのかも、ぼんやりしてきている。それを思い出したのだ。すずさんが言葉にならないような叫びをあげて憤るのを見て。

「ああ、なんも考えん、ぼーっとしたうちのまま死にたかったなあ」
崩れ落ちて土を引っ掻きながら絞りだすすずさんの言葉。本当に胸が締めつけられる。汚いことや辛いことにはできるだけ触れたくない。でも人生は容赦がない。見たくもなかった現実を、平気で叩きつけてくる。こんなこと知りたくなかったですといくら訴えても、知らなかった頃の自分に戻ることはもうできないんだ。

『死にたかった』、そう、すずさんは生きることに執着さえしていなかった。でも結果として、すずさんは生き残った。知りたくなかったことを身にも心にも刻みつけられて、失いたくなかったものを失って、そのうえで、生きていかないといけない。こんなに腹立たしいことはない。でも、人生は続く。現実は押し寄せる。雨は降るし太陽は昇るし、時間は経過する。

最後のシークエンスはまるでそのつらい現実にたいする救済のようで、そうして救われたすずさんたちの日々が続いていくことがエンドロールでちらりと見えて、嬉しかった。ただただ、よかった、と思った。すずさんたちの服をはためかせる柔らかい風を、画面ごしながら久し振りに感じて、胸のつかえがとれたような心地がした。

できるなら、怒りよりもおだやかであたたかい感情がすずさんの心を満たし続けてくれればと願う。


日頃から細谷佳正細谷佳正とうるさくtweetしている自分としては、周作さんに触れないわけにはいかない。ですよね。

周作さんがいてくれて本当によかった、というのが、観終えてのわたしの感想だ。周作さんがいてくれてよかったし、周作さんが細谷佳正で本当によかったと思う。

細谷さんの声は、周りの空気までもを一言で表現する。その人物がどんな目つきで相手を見つめているのか、顔が画面に映っていなくてもありありとわかる。周作さんはすずさんを大切に思っていて、どうか笑顔になってほしくて、いたわりながらも腫れ物扱いは決してしない。ひたすらおおらかに、いつでも抱きしめられるように両手を待機させてくれている。春の日曜日の昼下がりみたいな人だと思った。

なんだかさっぱりしているようで、他人行儀に見えるときもあって、ふしぎな夫婦だなと最初は感じたけれど、考えれば考えるほどすずさんには周作さんが必要だし、周作さんにもすずさんは必要だ。ぜったい。いい夫婦だと思う。

以上です

ここまで読んでいるということはこの作品をすでに観たということだと思うので、「観てみてくださいね」みたいな言葉で〆るつもりはなくて、ただただ、わたしはこの映画のことがすごく好きだという記事でした。以上です。